全世界で2億人以上が苦しむ末梢動脈疾患(PAD)

動脈硬化症(血管内腔が狭くなる疾患)は全身で起こる疾患で、血流量が低下することで様々な症状を引き起こします。
末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease: PAD)は心臓から離れた抹消血管で生じる疾患の総称で、その中でも下肢閉塞性動脈疾患は動脈硬化症によって脚部の血管が詰まってしまい血流量の低下が起きる病気のことを指します。
下肢で生じる動脈硬化を放っておくと足が壊死し、最悪の場合には下肢切断の危険性があります。下肢切断は患者のクオリティ・オブ・ライフを著しく低下させるだけではなく、ある種の癌よりも5年生存率(50%以下)が低くなることが知られており [*1]、下肢閉塞性動脈疾患への早期治療介入が望まれます。

動脈硬化症
正常な血管
下肢閉塞性動脈疾患の全世界の推定患者数(2010 年)は 2 億 200 万人であり、2000 年からの10年間で有病率が 23.5%増加したことが報告されています [*2]。本邦における有病率は概ね1~3%と推察されていますが [*3]、心臓などに比べてまだまだ認知度が低く、予防や早期発見が遅れている疾患の一つです。
*1 Mustapha JA, Katzen BT, Neville RF, et al., Critical Limb Ischemia: A Threat to Life and Limb, Endovascular Today. 2019; 18(5): 80-82.
*2 Fowkes FGR, Rudan D, Rudan I, et al., Comparison of global estimates of prevalence and risk factors for peripheral artery disease in 2000 and 2010: a systematic review and analysis. The Lancet. 2013; 382(9901): 1329-1340.
*3 宮⽥哲郎 他,末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン(2022 年改訂版).2022.
「身体をひらく」外科的治療から「身体を開かない」低侵襲治療(Interventionial Radilogy)へ
かつて動脈硬化症治療の主流は外科的バイパス術でしたが、近年では、大きな切開を必要とせず身体的負担が少ない画像下治療(Interventional Radiology: IVR)として、「ステント留置術」が一般的な治療として普及しています。詰まった血管を拡張して血流を取り戻す医療機器「ステント」は、1980年代から心臓冠動脈領域で研究開発が進み、1990年には米国で第一世代の薬剤溶出性ステントが登場しました。その後、2000年代から2010年代にかけて、欧米のグローバル医療機器メーカーより第二世代、第三世代の薬剤溶出性ステントが登場し、より患者にやさしい技術が搭載された機器が上市されてきました。
血液中に留置される医療機器としてのステント開発の難しさ

ステントは、医療機器の中でも使用方法および製造品質による患者へのリスクが高いため、厚生労働省機器リスク分類としては最高のクラスIVに位置する高度管理医療機器です。そのため、研究開発および製造販売において、高い専門性と経験が求められます。
最大の理由は、血液中の血球成分と血管組織、ステント材料間で起きるバイオロジカルなメカニズムに関する理解とそれに対抗するテクノロジー開発および搭載の困難さが挙げられます。
血球成分がステントのような異物に接触すれば、背景画像 [*4] のように、血小板やフィブリンといった血栓形成カスケードが進行し、血の塊がべったりとでき、それが起点となって血管組織が異常に肥厚するなど、血管の再閉塞が引き起こされ、世界のグローバル企業ではこれまで、さまざまな技術による解決が試みられてきました。
しかしながら、下肢動脈におけるPADの動脈硬化症は、「血流が遅い」「物理的変形が大きい」ために心臓冠動脈よりもシビアな生体環境であり、低侵襲治療におけるゴールドスタンダードは未だ確立されていません。
*4 Hasebe Research Group画像:SUS316Lステント上に付着した血球成分
低侵襲なPAD治療には次世代技術搭載をしたステントが必要だ

*4 Hasebe Research Group画像:ダイヤモンドライクカーボン薄膜がコーティングされた当社開発ステント
本プロジェクトが生まれたHasebe Research Groupでは、2000年代から次世代のバイオマテリアルを研究および開発してきました。
その主要な成果の一つとして、血液適合性材料としての利用が見込まれるよう調整されたフッ素添加ダイヤモンドライクカーボンが挙げられます [*5, 6, 7ほか多数] 。
本ステント開発事業においてはPADの多軸方向の物理的変形にも剥がれず追従するBIOZONE Coating®として改良され、ステントに搭載されており、動物を用いた非臨床実験において極めて良好な開存率を達成しています。

*5 Hasebe T, Saito T, et. al., Antithrombogenicity of fluorinated diamond-like carbon films, Diam Relat Mater. 2005:14:1116-1119
*6 Hasebe T, et. al., Fluorinated diamond-like carbon as antithrombogenic coating for blood-contacting devices, J Biomed Mater Res A. 2006:76:86-94
*7 Maegawa S, Hasebe T, Bito K. al., Time course analysis of antithrombogenic properties of fluorinated diamond-like carbon coating determined via accelerated aging tests: Quality control for medical device commercialization, Diam Relat Mater. 2016:73:33-18
また、このような血液接触型材料の開発にともない、これまで存在しなかった評価系が必要でした。Hasebe Research Groupでは、異なる材料上での血小板挙動を解析することで、人工材料の血液適合性の評価体系を作り、開発品の評価を実施してきました[*8ほか多数]。

材料に対する血小板の付着後の形態変化解析:aからdへ活性化すると、他の血小板を呼び寄せて血栓化する
当社では、血流を邪魔しない薄型なデザインにもかかわらず、血管内腔の保持力が高く保てるような構造力学設計技術を用いたステント設計と、薬剤徐放量を適切にコントロール可能なポリマー技術を同時に開発することで、BIOZONE Coating®のポテンシャルを最大限に引き出したこれまでにないPAD用ステントを実現します。
*8 Hasebe T, Yoshimoto Y al., Ultrastructural characterization of surface-induced platelet activation on artificial materials by transmission electron microscopy, Microsc Res Tech. 2013:76:342-349
HISTORY
当社はHasebe Research Groupの材料工学アプローチによる技術を世界に届けるために創立された医工連携テクノロジーベンチャーカンパニーです
2022.12-現在
Global Vascular株式会社を設立
本プロジェクトに関する設計開発事業を法人化し、尾藤および前川が代表取締役に就任
2022.9-現在
AMED公募 令和4年度 「橋渡し研究プログラム(シーズF)」に採択
2019.4-現在
BIOZONE MEDICAL株式会社と共同研究を開始
BIOZONE MEDICAL株式会社(旧丸三製薬バイオテック株式会社)と共同研究を開始し、「先端計測分析技術・機器開発プログラム」に分担機関として参画
2018.8-2022.3
AMED公募 平成30年度「先端計測分析技術・機器開発プログラム」に採択
2005.3-現在
BIOZONE®コーティングの基礎技術確立とその改良